中古物件(一戸建てもマンションも)の売買に際して、住宅インスペクションが利用されることが多くなりました。日本では、一般の人が何度も不動産を売買する機会が多くないため、売主にとっても買主にとっても、インスペクションと聞いても知らないことが多いですね。
アメリカやオーストラリアなどでは、中古住宅を購入するならホームインスペクションを利用するということが当たり前のようになっていますが(州によって差異がある)、日本でこれが普及してきたのは2000年以降ですから、まだ歴史が浅いと言えるでしょう。
慣れていない人や不動産業者が多いこともあって、住宅インスペクションは誰が依頼するのか?売主なのか?買主なのか?と質問されることがあります。結論を先に言ってしまえば、どちらでもよいですし、売主も買主も多くの人が利用しています。
ただし、売主と買主は当然のことながら立場が違いますし、それぞれが考えていることや利用する目的に違いがあります。この記事では、中古住宅の購入・売却という不動産取引に際して実施されている日本におけるインスペクションについて、売主と買主の立場で利用する目的やメリットを紹介します。また、不動産業者が利用するケースについても紹介します。
これから、購入しようとする人、売却しようとする人に役立つ内容になっていますので、取引する前に読んでください。
中古物件向け住宅インスペクションとは?
住宅インスペクションやホームインスペクションと言われるサービスは、建築知識や建物調査の技能を持つ住宅インスペクターが、現地で建物の施工品質や劣化状態を調査、診断するものです。中古住宅では、主に劣化状態を診断していますが、新築したときや増改築・リフォームをしたときの施工不具合が見つかることも少なくありません。
住宅インスペクターとなっている人の多くは、建築士の資格を持っており、中古住宅のインスペクションにおいては、既存住宅状況調査技術者の講習を修了した者が担っています。一部で、これらの資格を持たずに営業している業者もいるため、依頼する前に資格の確認をしておくべきでしょう。
宅地建物取引業法において、中古住宅を売買するときに利用するインスペクションのことを建物状況調査と規定しており、この業務を行うことができるのは、前述した既存住宅状況調査技術者の講習を修了した者となっています。
インスペクションを利用するには、費用がかかりますし、不動産会社から「必要ない」とか「費用がもったいない」とか言われることもありますが、実際に多くの人が利用しているサービスですから、真剣に検討するとよいでしょう。
売主が依頼する目的とメリット
中古住宅の売買に際して、売主が住宅インスペクションを依頼しているケースは多いです。SUUMOやHolmesなどの不動産ポータルサイトで売却中の物件情報を見ていると、「インスペクション実施済み」などと表記されていることがありますが、その大半は売主が依頼して実施したものです。
売主が依頼する目的や売主にとってのメリットを紹介します。
売却の促進
売主が住宅インスペクションを実施する目的はいくつかありますが、その最大のものは、「売却の促進」です。つまり、インスペクションで建物の状態を購入検討者に明らかにすることで、買ってもらいやすくなることを期待しているわけで、これがメリットでもあります。
調査の結果、建物の状態が良いものであれば、安心してもらうことができますね。
一方で、建物の状態が悪いとき、たとえば、構造上の大きな欠陥や大事な性能に関わる著しい劣化が見つかったとき、それを開示すると買ってもらいづらくなります。つまり、調査結果次第ではデメリットにもなりうるということです。
売主は、その建物について知っている重要な瑕疵などについて、買主に告知しなければなりませんので、インスペクションで見つかった問題について、「売れなくなるから黙っておく」ことはできません。告知が必要なのです。
しかし、一部の売主やその事実を知っている不動産仲介業者が、調査結果を購入検討者に出さない、つまりインスペクションをしていなかったことにして黙っていることがあるので、買主としては注意すべきです。
売却後の損賠賠償・補修等の請求を避けられる
中古物件ですから、建物のどこかに悪いところがある物件は多いです。ただ単純に見た目が痛んでいるというだけではなく、「雨漏り」「床下漏水」「シロアリ被害」「構造クラック」「著しい傾き」など、様々な症状がありえるものです。
売主がそれらの問題を知らずに売却したとしても、その契約条件や売却後に見つかった問題・症状次第では、買主から損害賠償金や補修対応などを求められる可能性があります。ただし、買主がこれらの問題があることを知っていても購入した場合、原則として、その請求をされることはありません。
そのため、売主が売買する前にインスペクションを入れて、その調査結果を買主に告知して、建物状態を把握してもらった上で、購入するかどうか判断を求めるわけです。
売却後の損害賠償等のリスクを抑制できることは、メリットの1つになりますね。
既存住宅かし保険に加入できることがある
中古住宅の売買に際して、既存住宅かし保険の制度を利用して保険に加入できることがあります。この保険に加入するためには、住宅インスペクションを行う必要があるので、利用しているケースもあります。
かし保険に加入することができれば、売却後に雨漏りなどの問題が発覚したとしても、その補修等の対応は保険金で賄うことができるので、メリットとなります。
ただし、かし保険はどのような物件でも加入できるわけではありません。現地で診断した時点の建物状態によって適否の判定となりますが、不適合と判定される物件が多いのです。基礎や外壁のひび割れ、雨漏りが疑われる染み跡など、様々な症状が保険加入の障壁となっています。こういった物件でも加入できてしまうと、保険会社のリスクが大きすぎますから当然のことでもあります。
買主が依頼する目的とメリット
売主が住宅インスペクションを実施していない物件を購入しようとするとき、買主が依頼することになります。実は、売主が実施済みであっても、買主が再度実施する事例もあります。その理由は、「売主と買主で依頼するホームインスペクションが異なる?」で後述しています。
ここでは、買主が依頼する目的とメリットを紹介します。
購入判断の良い材料になる(購入後のリスク抑制)
買主がホームインスペクションを依頼するときの一番の目的は、購入判断材料の1つとすることです。自分たちが見学したときには気づいていなかった建物の問題が見つかれば、それでも購入するかどうか、または価格などの条件面で交渉するかを考える上で、1つの参考材料となります。
もし、購入後すぐに多大な補修コストを要する著しい問題が見つかれば、購入しなければよかったと後悔し、インスペクションを利用しないという判断が失敗だったと感じることでしょう。
修繕工事やリフォームの参考になる
インスペクションを依頼する買主のなかには、「購入することはもう決めている。買った後にどこを優先的に修繕すべきか知りたい。リフォームするときに一緒に修繕してもらうので」という人もいます。確かに、こういった目的で利用するときにも役立ちます。
購入前に修繕すべき箇所を把握できれば、リフォーム業者に相談するなどして、購入後に必要となる工事費用の凡その予算を知る参考とすることができるので、買主にとってのメリットなります。
この目的の場合であっても、できれば購入する前にインスペクションを利用しましょう。想定以上に酷い状態だとわかれば、再検討の結果、購入を中止することもできるからです。
既存住宅かし保険に加入できることがある
「売主が依頼する目的とメリット」の中でも説明しましたが、既存住宅かし保険に加入することができれば、売主だけではなく、買主にとってもメリットとなります。売主に損賠賠償や補修等の請求に対して経済的な理由などで対応できないこともありますし、売主との交渉をしなくて済むというメリットもあります。
不動産仲介業者が依頼することもある
多くの住宅インスペクションは、売主か買主が依頼しています。それぞれには、明確な目的やメリットがありますから、今後も多く利用されることでしょう。実は、この両者だけではなく、不動産仲介業者が依頼しているときもあるので、それを説明しておきます。
不動産仲介業者が依頼する目的とメリット
不動産仲介業者が、不動産の媒介(=仲介)業務を行うとき、売主と買主の双方に対して成約するための営業活動を行うことになります。売主と買主の仲介業務を別の不動産会社がすることも多いので、その場合はそれぞれの顧客に営業しています。
売主から「この物件を売ってください」という売却依頼を受けるとき、「当社で住宅インスペクションを入れるので、売主の費用負担はなしです」とPRすることで、他社より自社に売却依頼してもらおうというケースがあります。
また、買主に、自社の仲介で買ってもらうために、「ホームインスペクションの費用は、自社で負担します」と営業していることもあります。この場合、依頼者は買主で、費用負担だけ不動産会社ということになります。
このように、営業活動の一環で不動産会社が依頼したり、費用負担したりするケースもあるのです。
仲介ではなく、売主である不動産会社が依頼することもある
不動産会社が依頼しているケースは、仲介のときだけとは限りません。不動産会社が買取して再販している物件、つまりその不動産会社が売主となっている物件では、その不動産会社が依頼していることもあるのです。
不動産会社も、一般の売主と同じように販売促進というメリット・目的のために利用することがあるというわけです。ただし、全体に占める割合は低いでしょう。
売主と買主で依頼するホームインスペクションが異なる?
最後に、少し興味深い話を紹介しておきます。
それは、売主が依頼しているホームインスペクションと、買主が依頼しているホームインスペクションには、調査内容・範囲の点において、大きな違いがあることが多いという話です。
インスペクションには調査基準がある
中古住宅の売買に際して利用される住宅インスペクションは、宅地建物取引業法において、建物状況調査とされていることは前述のとおりです。そして、この建物状況調査の内容は、国土交通省告示(既存住宅状況調査方法基準)によって規定されており、その中で調査すべき項目などが決まっています。
調査基準は最低ライン
この既存住宅状況調査方法基準で規定した調査内容は、順守しなければなりませんが、これ以上に詳しい調査をすることも可能となっています。つまり、この基準は最低ラインということでもあります。
その結果、インスペクション業者によって、「基準にある調査内容だけ(最低ラインだけ)」の調査をするケースと、「基準+アルファ」の調査をするケースに分かれています。どちらも基準に適したものなので問題はありません。
売主と買主の本音の違いと利用するインスペクションの違い
ところで、住宅の売買において、売主と買主の思惑、考えには大きな違いがあります。その本音を簡単に言えば以下のとおりです。
売主と買主の本音
- 売主:調査で問題が見つかると売りづらいので、簡単な調査の方がいいかな
- 買主:買った後に大きな問題が見つかると困るので、詳細な調査の方がいいかな
もちろん、人によって考え方に違いがあるため、誰もが同じことを考えているわけではありません。しかし、ここで紹介したような考えになりがちなのは事実です。
その結果、利用するインスペクションにも以下のような違いが生まれています。
インスペクションのような違い
- 売主:基準にある調査内容だけ(最低ラインだけ)のインスペクションを利用することが多い
- 買主:基準+アルファのインスペクションを利用することが多い
これは仕方ない現象かもしれません。立場が違うだけに当然のこととも言えます。
ただし、売主の多くは、このことをあまり意識していないという事実もあります。その理由は、売主が依頼する住宅インスペクションの多くは、不動産仲介業者が紹介していて、その仲介業者が基準にある調査内容だけ(最低ラインだけ)のインスペクションを斡旋しているからです。
売主から売却依頼を受ける仲介業者としても「売れやすさ」は大事なポイントだけに、最低ラインで済ませておきたいと考えることが少なくないのです(業者や担当者によって考えが異なるところですが)。
もし、あなたが買主である場合、売主側で実施済みのホームインスペクション結果があるとき、どうしますか?ここで紹介した知識・情報があれば、「う~~~ん、念のため、買主側でもインスペクションを入れておこうか」と考える人もいますよね。
「買主が依頼する目的とメリット」で説明した「売主が実施済みであっても、買主が再度実施する事例もあります」は、こういうことだったのです。
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